診療として遺伝学的検査を実施するか否かを判断する際、clinical actionability (臨床的対応可能性) の高さが重要な要因となります。一般に、遺伝子診断により、未診断の場合と比べて、臨床病態の発症を予防・遅延すること、臨床的負担を軽くすること、臨床転帰を改善することなどが期待されます。そこで私たちは、米国ClinGenが公表しているSemi-quantitative Metric (SQM) scoring (Hunterら、Genet Med 2016) をもとに、臨床的対応可能性からみた優先性が高い疾患(24疾患、2022年3月時点)のリストを便宜的に作成しました。
SQM スコア * | 疾患名 | 疾患 カテゴリー | 対象 年齢層 | 罹患頻度 | 主に関係する 診療科 ** | 診断手法 | 病的バリアントの 同定率 (prevalence) | 浸透率 (penetrance) | 有効な予防・介入法 |
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12CB | マルファン症候群 | 血管・結合織 | 小・成 | 5000人-1万人に1人 | 循環器科/眼科/整形外科/心臓血管外科 | 家族歴/臨床症状/遺伝子 | 70-93% | ほぼ全例が大動脈疾患 | 降圧剤投与、サーベイランス、予防的大動脈手術 |
12CC | 家族性胸部大動脈瘤・解離 | 血管・結合織 | 小・成 | 10万人に1人程度 (~1200人) | 循環器科/心臓血管外科 | 家族歴/臨床症状 (症候性患者の除外) | 15-25%程度 (欧米白人データ) | 34-73% (原因遺伝子により異なる) | 降圧剤投与、サーベイランス、予防的大動脈手術 |
12CC | ロイス・ディーツ症候群 | 血管・結合織 | 小・成 | 不明 (潜在的には1000-2000人程度) | 循環器科/産科 | 家族歴/臨床症状/遺伝子 | 不明 | 98%は大動脈起始部に瘤 | 予防的大動脈手術 |
11CA | 先天性QT延長症候群 | 不整脈 | 小・成 | 2500人に1人 | 小児科/循環器科 | 臨床症状/遺伝子 | ~60% | <50%と推定 | β遮断薬 (LQT1とLQT2)、心停止蘇生例には植込型除細動器 |
11CB | 悪性高熱症 | その他 (麻酔と関連) | 小・成 | 10万人に1-2人程度 | 麻酔科 | 迅速な確定診断検査なし | 50-80% | 40.6% (RYR1関連家系でのデータ) | 二次的所見として見つかった際の適切な麻酔処置 |
11CB | 中鎖アシルCoA脱水素酵素欠損症 | 先天代謝障害 | 小 | 約13万人に1人 | 小児科 | 新生児マススクリーニングの対象疾患 | ほぼ100% | マイルドなバリアントの保有者では50% | 適切な食事指導、急性期の治療は異化亢進状態からの速やかな脱却 |
11CB | 遺伝性褐色細胞腫・パラガングリオーマ | 内分泌 | 成 | 4万人に1人 (年間推定患者数約3000人) | 内分泌代謝科/外科 | 臨床症状/遺伝子 | ~30% | 浸透率は年齢と関連 (50歳までに50-77%) | 腫瘍切除、悪性化のリスクが高い場合 (SDHB陽性等) はサーベイランス強化 |
11CB | 多発性内分泌腫瘍症1型、2A・2B型/甲状腺髄様がん | 内分泌 | 小・成 | 3万人に1人 (海外のデータ) | 小児科/内分泌代謝科/外科 | 臨床症状/遺伝子 | >90% | MEN1: 浸透率は年齢と関連 RET:古典的MEN2Aでは、ほぼ全例が甲状腺髄様がん発症 | 早期の胸腺腫瘍治療 (MEN1)、早期の甲状腺切除術 (MEN2B) |
11CC | 腸性先端皮膚炎 | その他 (亜鉛欠乏) | 小 | 我が国では4家系の報告 (2001-2010年) | 小児科 | 皮膚症状等の臨床症状/血液検査/遺伝子 | 不明 | 100% | 亜鉛薬の経口投与 |
11CC | ドーパ反応性ジストニア(瀬川病) | 神経・筋 | 成 | 100万人に0.5-9人 (海外) | 神経内科/産科 | 臨床症状 (神経学的所見)/遺伝子 | 典型例では54-60% | 女性では87-100%; 男性で浸透率は低下 | L-ドーパの投与 |
11CC | 複合カルボキシラーゼ欠損症 | 先天代謝障害 | 小・成 | 52万人に1人 (日本) | 小児科/神経内科/皮膚科 | 臨床症状/検査所見/遺伝子 | ~99% | ほぼ100% | ビオチンの投与 |
11CC | 副腎白質ジストロフィー | 先天代謝障害 | 小・成 | 1-4万人に1人 (女性に多い) | 神経内科/小児科/血液内科 | 臨床症状/検査所見(副腎機能検査)/遺伝子 | 100% | ほぼ100% | 造血幹細胞移植、ステロイドの補充 |
11CC | 家族性副甲状腺機能亢進症 (MEN以外) | 内分泌 | 成 | MEN1の罹病率 (3万人に1人) よりは低い | 内分泌代謝科/口腔外科 | 検査所見/遺伝子 | 不明 | ほぼ100% | 外科的腫瘍切除 |
11CC | 家族性若年糖尿病 (MODY3) | その他 (代謝障害) | 成 | 不明 (10万人に2-10人:欧米白人) | 内分泌代謝科 | 検査所見/遺伝子 | 不明 (若年発症NIDDMの数%程度) | 浸透率は年齢と関連 (55歳までに96%) | 一般の糖尿病と同様の治療 |
11CC | 遺伝性ATTRアミロイドーシス | 神経・筋 | 成 | 100万人に1人以下 (熊本県、長野県に集積し、300-500人程度の患者を推定) | 神経内科/循環器科/消化器内科 | 臨床症状/生検所見/遺伝子 | 家族性例では>99% | 69%という縦断研究の報告あり | 肝移植、遺伝子サイレンシング療法、薬物治療 |
11DA | 家族性高コレステロール血症 | その他 (代謝障害) | 小・成 | ヘテロ接合は250-500人に1人、ホモ接合は6-25万人に1人 | 小児科/内分泌代謝科/循環器科 | 家族歴/臨床症状/遺伝子 | 40-80% | 73-79% (LDLRバリアント) | 早期診断と薬物療法 |
11NB | 遺伝性出血性末梢血管拡張症 (オスラー病) | その他 (出血) | 成 | 5000人-1万人に1人 | 耳鼻咽喉科/内科 | 家族歴/臨床症状 (鼻出血)/遺伝子 | >64% (欧米白人) | 鼻出血はほぼ全例 | 血管病変に対する血管塞栓術、レーザー治療 |
10AA | 遺伝性乳がん・卵巣がん症候群 | 乳がん・卵巣がん | 成 | 1000人に2-3人 | 婦人科/乳腺外科/消化器内科 | 家族歴/遺伝子 | 100% | 70歳までのがん発症リスク BRCA1: 乳がん46-57%、卵巣がん40% BRCA2: 乳がん50%、卵巣がん20% | サーベイランス、リスク低減手術 |
10AA | リンチ症候群 | 消化管腫瘍 | 成 | 440人に1人 | 消化器内科/婦人科 | 家族歴/遺伝子 | 100% | 70歳までのがん発症リスク 大腸がん25-70%、子宮内膜がん30-70%、卵巣がん6-10%、前立腺がん9-30% | サーベイランス、リスク低減手術 (子宮内膜がん・卵巣がん) |
10AB | ヘモクロマトーシス | 先天代謝障害 | 成 | 不明:我が国ではまれ (欧米白人では220-250人に1人) | 罹患臓器が多岐に及ぶ | 検査所見/遺伝子 | 100% (ただし罹患者の定義による) | 血清フェリチン上昇:男性32-76%、女性26-58% | 臓器に沈着した鉄の除去 (瀉血) |
10AB | フォン・ヒッペル・リンドウ病 | 腎がん | 小・成 | 3-9万人に1人 | 小児科/神経内科/眼科/泌尿器科/内分泌代謝科 | 家族歴/臨床症状/遺伝子 | ほぼ100% | >90% | 早期発見での腫瘍摘出、レーザー焼灼術 (網膜血管腫) |
10AC | PTEN過誤腫症候群 | 乳がん・甲状腺がん | 小・成 | 20万人に1人 | 小児科/皮膚科/婦人科/内分泌代謝科 | 臨床症状/遺伝子 | 不明 (該当する臨床像の被検者の20-80%でバリアント検出) | 80% | サーベイランス、各病変の通常治療 |
10AD | 筋原線維性ミオパチー | 神経・筋 | 成 | 10万人に1人以下 | 神経内科/循環器科 | 臨床症状/組織学的検査/遺伝子 | 約50% | 筋骨格系症状>80%という報告あり | 心筋障害に対するサーベイランス、植込型除細動器の適応の検討 |
10BN | 特発性拡張型心筋症 | 心筋症 | 成 | 500-2500人に一人 (HCMと同程度と推定) | 循環器科 | 画像診断による駆出率低下、二次性心筋症の除外 | 15-30% | 浸透率は年齢と関連 (40歳までに60%) | 薬物治療、突然死の家族歴(+)で植込型除細動器 |
* | ClinGen Actionability Working GroupのSemi-quantitative Metric (SQM) scoringにおいて、10Bx以上の疾患のリストを提示。 |
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** | 小児科については、小児期に発症し、介入・予防の有効性に係るエビデンスが見られるものを例示。 |