BRCA1及びBRCA2遺伝子に関連した遺伝性乳がん・卵巣がん(Hereditary Breast and Ovarian Cancer syndrome: HBOC) は、女性の乳がん・卵巣がん (卵管がんや原発性腹膜がんも含む)、男性の乳がんをはじめとするがんの易罹患性症候群であり、遺伝形式は常染色体顕性遺伝を示す。またこれらのがんよりは低いものの、前立腺がん、膵がんのリスクが上昇し、特にBRCA2遺伝子に病的バリアントを有する患者では、悪性黒色腫のリスクも上昇する。HBOCの原因が BRCA1またはBRCA2遺伝子のいずれかであるかにより発がんリスクは異なる。乳がんの生涯罹患リスクは、70 歳においてBRCA1で57%、BRCA2で40%とされる。卵巣がんの生涯罹患リスクは、70歳においてBRCA1で40%、BRCA2で18%とされる。HBOCの診断は、BRCA1及びBRCA2遺伝子の遺伝学的検査により行う。2020年4月の診療点数の改訂に際し、「HBOCが疑われる乳がん、もしくは卵巣がんの患者に血液を検体とし、診断を目的とする場合」のBRCA1及びBRCA2遺伝子に対する遺伝学的検査が保険収載された。
HBOCは、遺伝性の乳がんや卵巣がんの中で最も頻度が高く全ての民族・人種で発症するが、アシュケナージ系ユダヤ人で特に高頻度である。アシュケナージ系ユダヤ人を除く一般集団においてBRCA1またはBRCA2遺伝子に病的バリアントを有している頻度は、400-500人中に1人と推定されている。アシュケナージ系ユダヤ人における、3つの病的バリアント (BRCA1 c.68_69delAG, BRCA1 c.5266dupC, BRCA2 c.5946delT) の頻度を合計すると40人中1人となる。
【病的バリアントの出現率】
BRCA1/2遺伝子の病的バリアントは一般人口女性の0.2-0.3%、アシュケナージ系ユダヤ人女性では2.1%の有病率と推定される (ClinGenより)。
BRCA1/2遺伝子の病的バリアント保有者での生涯にわたる乳がんのリスクは46%から87%と言われる。BRCA1/2遺伝子の病的バリアントの存在自体は、腫瘍のステージ (病期) を調整した場合、乳がんと診断された後のがんの転帰そのものには影響せず、散発性の乳がんと比べて生存への影響に有意な違いはない。
現在、HBOCが疑われる乳がん患者の一部または卵巣がんの患者を対象にBRCA1/2遺伝子の遺伝学的検査が保険収載されている。
【保険適用の対象*】
以下の条件を満たすクライエントに対して、BRCAの遺伝学的検査を提供することが推奨される。
• 発症、未発症に関わらず(本人以外に)すでに家系内でBRCA1または/かつBRCA2の病的バリアント保持が確認されている
• 乳癌を発症しており,以下のいずれかに当てはまる
ー 45歳以下の乳癌発症
ー 60歳以下のトリプルネガティブ乳癌発症
ー 2個以上の原発性乳癌発症
ー 第3度近親者内に乳癌または卵巣癌発症者が1名以上がいる
• 卵巣癌、卵管癌および腹膜癌を発症
• 男性乳癌を発症
• がん発症者でPARP阻害薬に対するコンパニオン診断の適格基準を満たす場合腫瘍組織プロファイリング検査で、BRCA1または/かつBRCA2の生殖細胞系列の病的バリアント保持が疑われる
*参照:
遺伝性乳癌卵巣癌症候群 (HBOC) 診療の手引き 2017年版.「CQ1. どのようなクライエントにBRCAの遺伝学的検査を提供すべきか?[改訂版]」. http://johboc.jp/guidebook2017/toc/2-1index/cq1/
【HBOCと診断された乳がん患者】
・乳房温存術が可能な場合でも、温存した乳房の新たながん発症のリスクを最小限に抑えるために乳房切除 (全摘術) が考慮される場合がある。
・乳がん再発高リスクの場合には術後薬物療法としてPARP阻害剤が使用されることがある。
・HER2陰性の手術不能又は再発乳がんではPARP阻害剤による治療が行われる場合がある。
・がんを発症していない対側乳房や、卵巣・卵管のがん発症のリスクの低下を目的とした、リスク低減切除術が考慮される。
・上記の手術を選択されなかった場合には、MRIなどによるフォローアップ検診を受けることが推奨される。
【HBOCと診断された卵巣がん患者】
・基本的に一般の卵巣がんへの治療と変わりないが、ステージIII, IVと進行している場合で術後の初回化学療法後にPARP阻害剤が使用されることがある。
・がんを発症していない乳房に対するリスク低減切除術を行うことが考慮される。
・上記の手術を選択されなかった場合には、MRIなどによるフォローアップ検診を受けることが推奨される。
また、①白金系抗悪性腫瘍剤感受性の再発卵巣がんの維持療法、②BRCA遺伝子変異陽性の卵巣がんにおける初回化学療法の維持療法、③相同組換え修復欠損を有する卵巣がんにおけるベバシズマブ (遺伝子組換え) を含む初回化学療法後の維持療法、④がん化学療法歴のあるBRCA遺伝子変異陽性かつHER2陰性の手術不能又は再発乳がん、⑤BRCA遺伝子変異陽性かつHER2陰性で再発高リスクの乳がんにおける術後薬物療法、⑥BRCA遺伝子変異陽性の遠隔転移を有する去勢抵抗性前立腺がん、⑦BRCA遺伝子変異陽性の治癒切除不能な膵がんにおける白金系抗悪性腫瘍剤を含む化学療法後の維持療法に対する治療薬としてPARP阻害剤が保険収載されており、②④⑤⑥⑦に対するコンパニオン診断としてBRCA1/2遺伝子の遺伝学的検査が保険収載されている。
Gene symbol | OMIM | SQM scoring* | Genomics England PanelApp | Phenotype | Variant information |
---|---|---|---|---|---|
BRCA1 | 604370 | 10AA/9AA/8AA | BROVCA1 (AD, Mu) | https://www.omim.org/allelicVariants/113705 | |
BRCA2 | 612555 | 10AA/9AA/8AA | BROVCA2 (AD) | https://www.omim.org/allelicVariants/600185 | |
RAD51C | 613399 | 7CB | BROVCA3, susceptibility to, | https://www.omim.org/allelicVariants/602774 | |
RAD51D | 614291 | 7CB | BROVCA4, susceptibility to, | https://www.omim.org/allelicVariants/602954 | |
PALB2 | 620442 | N/A | BROVCA5, susceptibility to, | https://www.omim.org/allelicVariants/610355 |
遺伝性乳がんの約15%はBRCA1/2の変異で説明され、HBOCに占める病的バリアントの頻度は、BRCA1が66% (2/3)、BRCA2が34% (1/3) とされている。BRCA1/2遺伝子でシークエンス解析手法により病的バリアントを同定する割合は、両遺伝子とも80%以上であり、さらに追加の~10%が欠失/重複解析によって同定される (GeneReviewsより引用)。
日本人135人の乳がん/卵巣がん患者に対してBRCA1/2遺伝子の全コード領域の検索を行った結果、10人 (7.4%) の患者に病的バリアントを認め (BRCA1とBRCA2が5人ずつ)、そのうち3人の変異は過去に報告のない新規変異だったという報告がある (Mol Genet Genomic Med. 2015. PMID: 25802882)。また、日本人乳がん患者7,501人を対象として11の生殖細胞系列遺伝子の病的バリアントを測定した研究では、BRCA2が最も頻度が高く191人(2.71%)、ついでBRCA1が多く102人(1.45%)であった。この研究ではコントロールとしてがんの既往歴も家族歴もない11,241人がおかれているが、BRCA2の病的バリアントは19人(0.19%)、BRCA1は5人(0.04%)で検出された(Nat Commun. 2018. PMID: 30287823)。