拡張型心筋症 (Dilated Cardiomyopathy: DCM) は「 (1) 左室のびまん性収縮障害と (2) 左室拡大を特徴とする疾患群」と定義される (2005 年特発性心筋症調査研究班の手引きによる)。 診断の確定には、高血圧症性、弁膜性、虚血性心疾患などの基礎疾患、ないし全身性の異常に続発し類似した病態を示す「特定心筋症」(WHO/ISFC の「特定心筋疾患」) を除外する必要がある。欧州心臓学会の分類でも、DCMは「左室拡大と左室収縮能障害を特徴とし、びまん性の収縮障害を引き起こし得る異常な負荷状況 (高血圧や弁膜症) 及び冠動脈疾患の合併がない疾患群」と定義されている。仮に心筋症をDCMに限っても、有病率を正確に記述した報告はない。平成 11 年厚生省特発性心筋症調査研究班による全国調査においては、全国の推計患者数 17,700名、人口1,000人あたりの患者数0.14人となっているが、これは難病指定を受けるほどの比較的重症な患者を対象としたものであり、一般的なコホート研究との乖離が顕著である。60歳前後が最も多いという報告もあるが,子供からお年寄りまで幅広い年齢層に発症する。男女比では,2.6:1と男性に多い傾向がみられる。原因遺伝子の多くは常染色体優性遺伝形式を示すが、FKTNやGATAD1、TNNI3によるDCMは常染色体劣性遺伝形式を示す。また、DMDはX連鎖性遺伝形式を示す。
平成11年の厚生省の調査では、本症の5年生存率は76%であり死因の多くは心不全又は不整脈であるとされている。しかしわが国において、β遮断薬の、慢性心不全ガイドラインへの記載は平成12年であり、保険適応は平成14年であるため、この数字は、現在の治療のもとでの予後を反映しているとはいえない (2009年-2010年度合同研究班報告より引用)。男性、年齢の増加、家族歴、NYHAIII度の心不全、心胸比60%以上、左室内径の拡大、左室駆出率の低下の存在は、DCMの予後の悪化と関連する。
心移植以外に根治的療法はない。うっ血や低心拍出の症状があるときは、できるだけ安静にさせると共に食塩制限 (5-8g) と水分制限が必要である。左室収縮能障害に対しては、アンジオテンシン変換酵素 (ACE) 阻害薬、β遮断薬を早期に用いる。うっ血症状があれば利尿薬を併用する。スピロノラクトンは利尿薬としての作用だけではなく長期予後改善効果も認められている。
重症心室性不整脈による突然死への対策が重要であり、β遮断薬は突然死のリスクを低下させることが示されている。重症心室性不整脈が出現する場合には、副作用に注意しながらクラスIIIの抗不整脈薬アミオダロンを投与するが、薬物抵抗性の場合、植込型除細動器を考慮する。高度の房室ブロックや洞不全症候群などの徐脈性不整脈を合併している場合には、恒久的ペースメーカー植込術の適応を検討する。本症では、左室の拡大とびまん性壁運動低下から、左室腔に壁在血栓が生じる場合や、左房拡大を伴う心房細動例で心房内血栓が生じる場合もある。これらに対して、ワルファリン等による予防的な抗凝固療法を行う。
家族性DCMの40-50%は、30種類以上見つかっている原因遺伝子のいずれかの変異であると報告されている (J Am Coll Cardiol. 2011. PMID: 21492761)。DCMの10-20%はTTN遺伝子の短縮型変異に起因しているとされ (N Eng J Med. 2012. PMID: 22335739)、その他の遺伝子の家族性DCMに占める割合は、LMNAが6%、MYH7が4.2%、MYH6が3-4%、SCN5Aが2-4%、MYBPC3が2-4%、TNNT2が2.9%、BAG3が2.5%、ANKRD1が2.2%、RBM20が1.9%、TMPOが1.1%、LDB3が1%、TCAPが1%、VCLが1%、TPM1が<1-1.9%、ACTC1、CSRP3、DES、NEXN、PSEN1、SGCDがそれぞれ<1%との報告がある (J Am Coll Cardiol. 2011. PMID: 21492761, Nat Rev Cardiol. 2013. PMID: 23900355)。
現時点で、日本人DCMの原因遺伝子頻度解析に関する原著論文は見当たらないようである。