遺伝性びまん性胃がん (Hereditary Diffuse Gastric Cancer: HDGC) は常染色体顕性遺伝形式をとり、明確な腫瘤形成を伴わずに腫瘍細胞が胃壁に浸潤することで壁肥厚を引き起こす、低分化腺がん の形態をとるのが特徴である (linitis plastica型胃がん)。びまん性胃がんは、印環細胞がんあるいはisolated cell-type carcinomaとも呼ばれる。HDGCの平均発症年齢は38歳 (14-69歳の範囲) であり、CDH1遺伝子の病的バリアントを有する症例では、大部分が40歳以前に発症し、80歳までの胃がんの累積リスクは男女共に80%と推定される。女性では、39-52%で乳がん (乳腺小葉がん) 発症リスクを伴うことが知られている。国際胃がんリンケージコンソーシアム (The International Gastric Cancer Linkage Consortium: IGCLC) は、HDGCを次のように定義している。(1) 一度近親者または二度近親者において、50歳以前にびまん性胃がんと診断された患者が2人以上いる。あるいは (2) 一度近親者または二度近親者において、3人以上のびまん性胃がん患者がいる。発症時の年齢は問わない。
日本と中国における胃がんの罹患率は高いが (日本では100,000人あたり80例)、ほとんどのCDH1変異例は、欧米人で見出されている。ただし、HDGCの罹患率は、欧米人よりもニュージーランドのマオリ族で、より高い可能性がある。
散発性 (非遺伝性) のびまん性胃がんが早期に (例えば胃壁への浸潤前に) 発見された場合、5年生存率は90%以上であるが、診断が遅れた場合、5年生存率は20%以下に低下する。びまん性胃がんの早期発見は困難であるため、CDH1遺伝子の病的バリアント保持者の生存率は、散発性びまん性胃がん患者の生存率と同等と考えられている。
生検でびまん性胃がんが確定された場合、予防的胃全摘術が推奨される。CDH1生殖細胞系列変異を有する予防的胃全摘術標本での結果から、HDGC発症者の家系メンバーにおいてがん感受性遺伝素因を調べることの重要性が報告されている。生殖細胞系列のCDH1病的バリアントを有する症例に対しては、内視鏡サーベイランスよりも予防的胃全摘術のほうが予防効果はあると結論付けられている。
Gene symbol | OMIM | SQM scoring* | Genomics England PanelApp | Phenotype | Variant information |
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CDH1 | 137215 | HDGC (AD) | https://www.omim.org/allelicVariants/192090 | ||
IL1B | 613659 | N/A | Gastric cancer risk after H. pylori infection | https://www.omim.org/allelicVariants/147720 | |
IL1RN | 613659 | N/A | Gastric cancer risk after H. pylori infection | https://www.omim.org/allelicVariants/147679 |
HDGC患者においてCDH1遺伝学的検査で病的バリアントが同定される頻度は、30-50%という報告がある (Int J Surg Pathol. 2006. PMID: 16501831, JAMA. 2007. PMID: 17545690)。
日本人の家族性胃がん35家系80人に対してCDH1遺伝子の生殖細胞系列変異を調べたところ、一人もCDH1の病的バリアントを有していなかったという報告がある (Carcinogenesis. 2007. PMID: 17690113)。日本人におけるCDH1遺伝子の病的バリアントの症例報告が散見される (Gastric Cancer. 2019. PMID: 30542785)。