肥大型心筋症 (Hypertrophic Cardiomyopathy: HCM) は、明らかな原因なく左室ないしは右室心筋の心肥大をきたす疾患であり、不均一な心肥大を呈するのが特徴である。通常、左室内腔の拡大はなく左室収縮は正常か過大である。心肥大に基づく左室拡張能低下が本症の基本的病態である。(1) 特に左室流出路に狭窄が存在する場合、閉塞性肥大型心筋症 (Hypertrophic Obstructive Cardiomyopathy: HOCM) と呼ぶ。(2) 肥大部位が特殊なものとして、心室中部閉塞性心筋症 (mid-ventricular obstruction: 肥大に伴う心室中部での内腔狭窄がある場合)と心尖部肥大型心筋症 (apical hypertrophic cardiomyopathy: 心尖部に肥大が限局する場合) がある。(3) 肥大型心筋症の経過中に肥大した心室壁厚が減少・菲薄化し、心室内腔の拡大を伴う左室収縮力低下をきたして拡張型心筋症様病態を呈した場合、拡張相肥大型心筋症 (Dilated-phase of Hypertrophic Cardiomyopathy: D-HCM) と称される。経過観察されていれば診断は確実であるが、経過観察されていなくても以前に肥大型心筋症と確かに診断されている場合も含まれる。
HCMの臨床症状は、無症候性左室肥大から進行性の心不全、心臓突然死 (Sudden Cardiac Death: SCD) にわたる。常染色体顕性の家族歴を有する例が多いが、同一家系内であっても個人個人で症状が異なる。
HCM の有病率に関しては、100,000人あたり19.7人から1,100人までと、対象や調査方法の違いによりばらつきが極めて大きい。心エコー検査でのスクリーニングは見落としが少ないと思われ、同手法に基づく有病率は、人口100,000人あたりわが国で374 人、米国で170人である。厚生省研究班による全国疫学調査 (平成10年) では、患者数は21,900人、有病率は人口100,000人あたり17.3人であった。
5年生存率は91.5%、10年生存率は81.8% (厚生省特発性心筋症調査研究班昭和57年度報告集)。死因として、若年者では突然死が多く、壮年-高齢者では心不全死や塞栓症死が主である。女性の方が男性よりも予後が悪い。
HCMの治療法には、一般療法、薬物療法、侵襲的なもの (経皮的中隔心筋焼灼術、ペースメーカーや植込み型除細動器など) が含まれる。競技スポーツなどの過激な運動は禁止する。有症候者では、β遮断薬やベラパミルにより症状の改善が期待できる。心室頻拍例には植込み型除細動器の適応を考慮し、失神例は入院精査を要す。症状がない者でも、左室内圧較差、著明な左室肥大、運動時血圧低下、突然死の濃厚な家族歴などの危険因子があれば厳重な管理が必要である。難治性のHOCM症例では経皮的中隔心筋焼灼術や心室筋切除術が考慮され、左室収縮能低下 (D-HCM) による難治性心不全例は心移植の適応となる。
原因遺伝子変異の頻度は、MYH7 (CMH1) が40%、MYBPC3 (CMH4) が40%、TNNT2 (CMH2) が5%、TNNI3 (CMH7) が5%、TPM1 (CMH3) が2%、MYL3 (CMH8) が1%で、その他の原因遺伝子の頻度は不明である (GeneReviewsより引用)。
127名の日本人HCM患者において筋フィラメント関連遺伝子異常を調べた結果、31名 (24%) でMYH7、19名 (15%) でMYBPC3に病的バリアントを認めたという報告がある (Heart Vessels. 2016. PMID: 27885498)。