α-1アンチトリプシン欠乏症 (Alpha-1 Antitrypsin Deficiency: AATD) はα-1アンチトリプシン (AAT) の欠乏により、成人で慢性閉塞性肺疾患 (Chronic Obstructive Pulmonary Disease: COPD) のリスク、小児及び成人で肝疾患、脂肪織炎、c-ANCA陽性血管炎のリスクが増大する。常染色体劣性遺伝形式をとり、SERPINA1遺伝子の変異に起因するが、欧米ではZ型遺伝子変異、日本では、Siiyama型変異が多い。AATDは北欧系人種でもっともよく認められる代謝疾患のひとつである。AATDは血清AAT濃度<90mg/dl (ネフェロメトリー法) と定義され、軽症 (血清AAT 50−90mg/dl)、重症 (血清AAT <50mg/dl) の2つに分類される。北米での発生率は5,000-7,000人に1人とされるが、日本での有病率は著しく低く、10,000,000人あたり2.03–2.08人であった (呼吸不全に関する調査研究班と日本呼吸器学会が共同で行った全国疫学調査に基づく)。難病情報センターホームページ<http://www.nanbyou.or.jp/entry/4739>を参照。
AATDの臨床像は、家族内及び家族間でも多彩であり、重症度は遺伝子型と血清AAT値によって決まる。重度欠損アレルのホモ接合 (PI*ZZ) 患者では、血清AAT値が低くCOPDのリスクが高い。肝内封入体に関連するアレル (Z, Mmaltonなど) を有する患者も肝疾患の発症リスクが高い。一方、重度のAAT欠損がある場合でも、とくに非喫煙者では発症せずに普通の生活を送れる可能性がある。
COPDを発症している場合には、COPDの治療と管理のガイドラインに準じた治療を行う。適応基準を満たせば、肺移植は重要な治療選択肢の一つである。海外ではAATDに対してAAT補充療法が行われ、CT画像上の気腫病変の進行抑制効果が報告されている。わが国ではAAT製剤は未承認薬であるが、希少難病であるAATDの特異的治療薬として承認されることが望まれている。
Gene symbol | OMIM | SQM scoring* | Genomics England PanelApp | Phenotype | Variant information |
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SERPINA1 | 613490 | 10CA/9CC/7CD | A1ATD (AR) | https://omim.org/allelicVariants/107400 |
AAT欠乏症の臨床的表現型を示さない症例の頻度が不明であることより、AATDにおける、原因遺伝子 SERPINA1の両アレル変異の頻度に関しては現時点で報告がない。
SERPINA1遺伝子のアレル (脚注) のうち、最もよくみられる正常アレルはPI*Mで、最もよくみられる病原性アレルはPI*Zである。欧州でPI*Zアレルの頻度が最も高いのは北欧と西欧であり (平均アレル頻度は0.0153)、北から南にかけて次第に同アレル頻度が減少していき、最も低いのは東欧 (0.0092)である (Thorax. 2004. PMID: 14760160)。 97ヶ国におけるさまざまなSERPINA1遺伝子型の頻度解析によると、PI*ZZ遺伝子型は世界中に181,894人存在すること、その70%近くは欧州や北中米であると推測されている。北欧・中欧では74,000人 (全体の41%)、北米では44,000人 (全体の24%) である。同じように、PI*SZ遺伝子型も全体の48%が北欧・中欧、20%が北中米であり、16%が南米と推測されている (Ther Adv Respir Dis. 2012. PMID: 22933512)。
脚注: SERPINA1アレルの非定型的な命名法は、原因遺伝子 (SERPINA1) が判明する以前から知られていた電気泳動法におけるタンパク質変異体に基づく。
アレルは、同遺伝子の別名として、接頭辞PI* (protease inhibitor*) をつけて表現される。
アジア人やアフリカ人でも、欠損症アレルは報告されているが (PI*Siiyamaなど)、PI*ZZ遺伝子型は概してまれである。
現時点で、日本人での包括的なSERPINA1遺伝子頻度解析の原著論文は見当たらないが、14人の日本人のAATD症例のうち7症例にSERPINA1遺伝子解析を行ったところ、6例がホモのPI*Siiyama変異を有していたという報告がある (Respir Investig. 2016. PMID: 27108016)。