ミトコンドリアはアデノシン三リン酸 (ATP) を産生する細胞内小器官であり、赤血球以外の全ての細胞に存在する。ミトコンドリア病では、中枢神経や骨格筋、心臓などのエネルギー需要が大きい組織・臓器をはじめ、全身のあらゆる組織・臓器が障害されて多彩な症状を呈する。特徴的症状の組み合わせによって、①ミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様発作症候群 (MELAS)、②赤色ぼろ線維 (RRF)・ミオクローヌスてんかん症候群 (myoclonic epilepsy with RRF: MERRF)、③慢性進行性外眼筋麻痺・Kearns-Sayre症候群 (CPEO/KSS)、④Leigh脳症などに病型分類される。複数の臓器にわたり症状を呈しうるが、単一の臓器障害のみのこともある。ミトコンドリア病の診断は、生化学検査、病理学的検査、遺伝学的検査など特異度の高い検査を用いて行われる。
ミトコンドリア病は、核DNA (nDNA:ミトコンドリアの機能維持に必要なタンパク質約1,500種) またはミトコンドリアDNA (mtDNA:37個の遺伝子) いずれかの変異で生じる。mtDNAは卵子由来のため、mtDNA変異によるミトコンドリア病は一般的に母系遺伝を示す。ただしmtDNAの新生突然変異による場合、母親由来とは限らない。ヘテロプラスミー (一つの細胞の中に野生型mtDNAと変異型mtDNAが混在する状態) で発症する際、組織・臓器によって、重症度が異なること (組織特異性)などがミトコンドリア病の特徴として挙げられる。またヘテロプラスミー比率は卵子ごとに違うため、子供と母親の重症度は異なりうる。原因遺伝子がnDNAの場合、メンデル遺伝形式を示す。
小児と成人での疫学調査でミトコンドリア病の有病率は少なくとも5,000人に1人と推定されるが、それよりも遥かに高い可能性がある (PMID: 15576042)。ここでは、主な4つの病型について疫学/遺伝子頻度データを示す。
①MELAS: mitochondrial myopathy, encephalopathy, lactic acidosis, and stroke-like episodes
-本邦における有病率は100,000人に0.2人と推定される (GeneReviews)
-80%の症例でmtDNAにおけるMTTL1遺伝子の病的バリアントm.3243A>G、10%でm.3271T>Cを認める (診療マニュアル)。その他の主な病的バリアントは、m.3252A>G、MTND5遺伝子のm.13513G>Aである (GeneReviews)。
-m.3243A>Gの保有率は、フィンランドで100,000人に16-18人、オーストラリアでは100,000人に236人との報告がある (GeneReviews)。
②RRF: ragged-red fiber
-本邦における有病率の検討はない (診療マニュアル)。
-mtDNAにおけるMTTK遺伝子の4つの病的バリアント (m.8344A>G、m.8356T>C、m.8363G>A、m.8361G>A)が症例の90%を占める (GeneReviews)。なかでも、典型的な症状を示す患者の80%でm.8344A>Gが認められる (診療マニュアル)。
-m.8344A>Gの保有率は、フィンランド北部 (成人) で100,000人に0-1.5人、イングランド北部で0.39人であり、スウェーデン西部 (小児) では100,000人に0-0.25人との報告がある (GeneReviews)。
③CPEO/KSS: chronic progressive external ophthalmoplegia/Kearns-Sayre syndrome
-2002年に行われた厚生労働科学研究班の疫学調査では、神経筋疾患を主徴とする狭義のミトコンドリア病は741例報告され、そのうちCPEO/KSSは159例 (21.5%) であった (古賀靖敏、脳と発達、2010;42:124-129)。
-成人におけるmtDNA単一欠失の保有率は100,000人に1.5人との報告がある (GeneReviews)。
-mtDNA単一欠失に関する多施設共同研究では、226例のうち152例 (69%) がCPEO、50例 (23%) がKSSであったとの報告がある (PMID: 15313359)。
④Leigh脳症
-オーストラリア南部では出生77,000人に1人の頻度で生じ、スウェーデン西部での就学前児童における有病率は34,000人に1人であることからLeigh脳症の有病率は30,000-40,000人に1人と推定されている (GeneReviews)。
-mtDNAが原因のLeigh脳症の有病率は100,000-140,000人に1人程度である (GeneReviews)。
-Leigh脳症の2割程度はmtDNAが原因とされ、MTATP6遺伝子のm.8993T>Gが最も多い (診療マニュアル)。
-日本人Leigh脳症において、mtDNAのバリアントで最も頻度が高かったのはMTATP6遺伝子であった (PMID: 28429146)。
下記「Genes」の項では、主な4つの病型に関連するmtDNAの遺伝子の一部を示す。
障害される臓器や程度に影響を受けるため、臨床経過は個人差が大きい。
主に各症状への対症療法と、ミトコンドリア機能の低下を改善させる原因療法とに分類される。「MELASにおける脳卒中様発作の抑制」を効能・効果とするタウリン散が、公的医療保険で認められている。
上記「概念・疫学」の項を参考
上記「概念・疫学」の項を参考